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昨年末 地元の福山大学で備後経済論という授業があり、この中で講演した内容がたまたまデータで送られてきました。
講演内容を振り返ることがなかなかないので独り言として残しておきたいと思い、アップしました。
11月15日 備後経済論 (株)虎屋本舗 第16代当主 高田信吾 テーマ 創業400年プロジェクト 伝統と革新
経済社会の過程において、工業化社会から情報化社会へと移り、「物」の時代から「心」の時代に変わると言われながらも、まだ物の時代である。しかし10年後は完全な心の時代になるだろう。その時代の一つの方向として、アートに満たされた「アート社会」になるのではないか、と想像する。
弊社は12年後に創業400年を迎える。それに向けて新たなプロジェクトを始動させたが、アート社会になるのを前提で組み立てた。アート社会になれば量産ではなく、少量でほぼオリジナルの物を作るという、側面も必要だ。我々の商売でも、それぞれのお客様にオリジナルのものを作っていく方向を目指す。機械化じゃなく手作りで、しかもそれで利益が上がっていくシステムができればよいと、考えている。
弊社には「和魂商才」という考え方がある。菅原道真の時代からある和魂漢才という言葉に基づいている。和魂というのは日本の精神文化。漢才というのは中国文化、それを現したのが和魂漢才。明治維新のころには和魂洋才や士魂商才という言葉が生まれた。日本からは侍の魂、和の魂が出て、ヨーロッパからは文化や商人の才覚などの言葉が流れてくる。
弊社はその二つの言葉をくっつけて和魂商才という言葉を、菓子作りの基本・商訓としている。
和には、色々な要素がある。私どもの商品でいえば、和菓子の和、人の和であり、日本の精神文化でもある。商才というのは、商人の才覚。当社には多くの「商人道」がある。その中の一つ、「時代は商人が作るもの、勇敢な商人であることに誇りを持て」というのが私は凄く好きだ。 江戸と福山はつながりが深く、江戸の商法が福山の商法の原点だと考える。江戸商法はリスクを恐れず、新しいことに果敢にチャレンジし、新商品や新しい商売のやり方を作り出す。当社は福山で一番歴史の古い会社。私は祖父から、江戸商法と似た商人道というのを引き継いだ。 祖父は「商人で稼げなくては話にならない」とよく言っていて、「商人にとって稼げることは善であり、稼げない商人は悪である」という商人道番外編を作った。しかし基本は商人道トップに掲げた「損得より先に善悪を考えよ」。迷ったとき、背中を押してほしいときには、商人道に寄り添うように経営していけば、自然と正しい方向に進んでいける。これが企業の精神文化じゃないかと感じている。 私は、このような座右の銘に通じる独自の語録をたくさん持っていて、すべてを照らし合わせ、いろいろなことを考えている。自分の生き方に重宝しているので、今日はあえて皆さんに語録を紹介させていただく。これは私 高田信吾のアイデンティティそのものと言ってもいいものだ。
最初に、そのような語録が生まれた背景として、私の人生の簡単な歩みを説明する。
私は小学校のときスポーツがすごく好きでよくできた。サッカーとソフトボールとテニスを一生懸命していた。中・高校と金光学園に通い、中学のときは硬式テニスの県大会で優勝した。高校時代、父親は、僕をプロテニスプレーヤーに育てるつもりで、テニスの強豪校だった福岡県の柳川高校に転入させようと校長に直談判しにいった。結局だめで、テニスの道を諦めざるを得ず、ロックバンドに狂い、そこに新たな道を見出した。
そのとき僕はファッションと音楽にはまった。今の自分に非常に良かったと思うのが、1970年代からこの二大流行の流れを見て、時代を読み取る力と独自性を身に付けることができた。不良していて良かったなと、ちょっと思っている。
大学卒業後は三年ほどサラリーマンをしていたが、親父の体の調子が悪くなり戻った。親父は喜んで新工場を作ったが、一年後に死んでしまった。僕が28歳のころで、経営のいろはのいの字もわからない。ある会社の社長に相談すると「とりあえず世の中で有名な人の本を読みまくりなさい」と言われた。
松下幸之助さんなど、多くの偉人の本を読んだが、37歳で「孫氏の兵法」を読み、勉強を止めた。それまでたくさんの本を読んだが、結局すべての考え方が、その中に入っていたことに気付いた。あとは応用の勉強に費やそうと、商品開発のアイディアを生み出すため右脳を開発する脳トレを続けている。ヒット商品が生まれ、今に至る。
いくつか自分の好きな語録を説明する。「私は100メートルをいかに早く走れるかという競技に興味がない。私は走る姿を競いたい」。これは、今までの企業の普通の運営の仕方で、100メートルを皆がどれだけ早く走れるかを競うレースばかりしていたが、ここで勝つランナーというのは、いわゆる資本力あるところ。そうではなく、走る姿を競いあってもいいんじゃないか、とのように思う。これは、マーケットの中に新しい価値創造=競争ルールを作ることであり、資本力は勝負の決め手にならない。これは、なぜ当社の「そっくりスイーツ」という商品ができたか、ということつながる。そっくりスイーツというのは、世界にうちの会社にしかない。だから、たこ焼のシュークリームや、お好み焼のケーキなどのそっくりスイーツは利益率が非常に高い。
次に「男の器は三軒目のお店で決まる」とは人間でも会社でもそうだが、一回や二回会っただけでは、「正体」がわからない。三回会ってようやく表面がつかめる。しかし結局、それ以後に何回会ってもこの人すごいな、この会社は凄いなと言えるような懐の深い会社・人間にならなければいけない。器の大きい人間というのは一〇件行ってもいい店に連れて行ってくれる。何回会っても常にエキサィティングな気持ちになれる(笑)
そっくりスイーツの開発費は数一〇〇円くらい。同スイーツのシリーズは次々と開発され、約五年で一〇種類以上の商品ができ、全国のマスメディアに紹介されるヒット商品になった。しかし、同商品は洋菓子ばかりだったので、和菓子の実力をもう一回見せつけたいという中、おととし開発したのが「お弁当でスイーツシリーズ」の第一段である「お節」。一万二六〇〇円で量産できないが、去年は完売した。ほかに、春のお花見弁当の「春幸」、夏は手鞠寿司の「手鞠」という三シーズンのものを展開している。職人が一日かけて作るが、アート社会になるから、という考え方で商品開発をしている。
今後、400年プロジェクトとして考えてるのは、既存店舗のリニューアルや、芸術家とコラボでアーティスティックスイーツの開発。さらに、「ドラ焼」の新しいブランド「Japa虎」を作り専門店をニューヨークや東京、大阪など首都圏に出したい。
最後に、私は現在の腐敗した大人の社会に幻滅している子供たちに向け、お菓子を通じて、あるいは講演会などで、福山商人道を伝えて行きたい。
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