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生きてる間に会いたかった人 その1 ♪
2009/10/18
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「お前は生きろ」 上官は決して犬死を強要しなかった。重油の海で4時間。そして爆発、炎上…。少年兵が見た、涙でにじむ戦艦大和の最後。沈みゆく大和から奇跡的に生還した八杉さんが我々に伝えたかった事とは。。。
戦艦大和の最期の乗組員、そして映画男たちの大和の主人公でもある八杉康夫さんは、現在我々の住む福山市に在住されております。
数年前から、八杉さんのお話を聞くお誘いを何度も頂きましたが、ご縁がなくやっとお会いできる日が来たわけです。
しかし私にとっては、早くもなく遅くもない出会いだと感じております。
1945年4月7日、沖縄特攻で私は主砲などを撃つために敵機や敵艦との距離を測る測距員として大和の艦橋にいた。17歳です。見つけた敵機の大群はすぐ厚い雲に隠れ、現れたときは至近距離。仲間は爆弾で吹き飛ばされ、機銃掃射で次々と死にました。甲板は死体だらけ、衛生兵はちぎれた腕や足をぼんぼん海に投げる。沈没寸前、艦上で切腹した少尉も。艦内下部配置の人の多くは外へ出られず水死です。沈没寸前に海に飛び込んだ私は巨大な渦に巻き込まれたが大爆発で奇跡的に浮いた。重油の海を漂流中、「お前は若いのだから生きろ」と丸太を流してくれた川崎勝巳高射長は救助艦に背を向け海中に消えた。大和を守れず責任をお取りになった。忘れられません・・・・と目を閉じ、この情景を思い浮かべるように、一気にお話をされました。
最後に八杉さんは、決戦の前日、大和の甲板で全員が皇居へ向かい「東方遙拝」したが、天皇のために戦う意識ではない。すぐに各自が故郷の方向へ別れを告げた。愛すべき国とは郷土ですね。その想いが国家を想う気持ちにつながるのです。と強く結ばれました。
国家犯罪がもたらした戦争という地獄から生還された方が、我々に伝えたかった教訓は「平和とは何か?」など他にもありましたが、私の心に一番響いた事は「愛すべき国とは郷土である。」私はこの言葉が今でも頭から離れません。
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