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先週の土曜日 岡山県の高梁市で 飛龍・方谷先生の思いをかたちにフォーラム Part2山田方谷先生生誕205年記念フォーラムが開催され、
わが師である小野信也氏が「山田方谷先生の思いを生かすまちづくり〜人を大切にし、人を育て、人を輝かせるまち高梁〜」というテーマで記念講演をされました。」
聞く所によると高梁市では市長が山田方谷に惚れ込み、行政の改革に力を入れているらしい。
たまたま今月の人間道指導者育成会は、山田方谷がテーマであったので、しっかり研究する事ができました。
困った時にどこからともなく現れ、問題を解決する「雲中の飛龍」と称され上杉鷹山をしのぐ改革者と言われた彼は、幕末期に、今の金額に換算すると十億円の売り上げの会社の百億円にものぼる借財を抱えた備中松山藩の財政改革を遂行した。この改革は、今まさに政府がやらんとしている「構造改革」にほかならない。まず、自らを戒め、徹底的に無駄を省き、産業を興し、目標を定めて改革に邁進した。その結果、莫大な借財を抱えていた備中松山藩は、八年後には、逆に百億円の蓄財を持つ裕福な藩に変貌してしまう。
歴史上、こんなミラクルを実現できる人で方谷のように名前が全く知られていない人もそうはいないんじゃないでしょうか。
その方谷32歳の時、佐藤一斉塾で書いた論文で、方谷の行動の原点である「理財論」の中でこの2行が特に印象的であったので紹介いたします。
「それ善く天下の事を制する者は、事の外に立ちて事の内に屈せず。」
「此れ古の君子が義利の分を明らかにするを務むる所以なり」
事の中で考えていると大胆な発想ができず、また義と利の区別がつけにくいという事を彼はいっているのです。
今の政治家にはいささか耳の痛い話かもしれませんが、今の日本を立て直すためには「雲中の飛龍」の出現を望むしか手はないのでしょうか。
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