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【16代当主独り言】ヴェネチアの4頭の馬


長崎県対馬市の観音寺から2012年に盗まれ、韓国に運び込まれた県指定文化財の仏像「観世音菩薩坐像」を覚えているだろうか。

韓国の寺の所有権を認め、仏像を引き渡すよう命じる判決を下したニュースをみてると

美術品の略奪の話で必ず出てくるヴェネチアのサンマルコ寺院にある「4頭の馬」の事を思い出す。

4頭の青銅の馬の起源については、

ギリシャ神話の世界の太陽神アポロンの馬車として作られたものを参考に、

ローマ時代に模倣して製作されたようですが、この青銅の馬がビザンツ帝国時代に

首都コンスタンティノープルのヒッポドローム(馬車競技場)を飾っていたということでした。

ここからは僕の大好きな西洋史の世界に入り、第4回十字軍がコンスタンティノープルを侵略した際の大量な略奪品の一つ。

地中海の覇者になったヴェネツィアのサンマルコ寺院に戦利品として納まりました。



その後ナポレオンがイタリアを征服し、ベネチア共和国は消滅しますが、

その際、ナポレオンはこの青銅の馬たちをパリへ運ばれ

(船に積むために首ちょんぱされたらしい)

ナポレオンの勝利を記念するために建てられた凱旋門のトップに飾られます。

その後1815年のウイーン会議でヴェネツィアはオーストリアの支配下になりめでたく

「4頭の馬」はサンマルコ寺院へ戻ったという話。

数奇な運命を辿ったこの4頭の馬はビザンツ帝国、ベネチア共和国、

オーストリア、ハンガリー帝国と渡り、確かに、滅びはしなくとも、

この馬が持ち去られたら、その国の衰退を示した時と言えるでしょう。

戦争は侵略・略奪はつきものですが、今回の観音寺の仏像も同じような数奇な運命を辿る事になるのでしょうか。


16代当主敬白
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